免疫グロブリンとは

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免疫グロブリン immunoglobulin と抗体 antibody

「抗体 antibody」という用語からは,多くの医療職が下記の構造の分子を思い浮かべることでしょう.

 

しかし厳密には,物質としての分子を指す場合は「免疫グロブリン immunoglobulin」と呼ぶべきでしょう.

「抗体」とは,何らかの抗原 antigen(の表面の特定のエピトープ epitope)に結合する能力がある免疫グロブリンを指します.

分子の呼称が「免疫グロブリン immunoglobulin」,その抗原(エピトープ)結合機能に目を向けた呼称が「抗体 antibody」と言えるでしょう.

グロブリン globulin とは

そもそもグロブリン globulin とは何でしょう?

Wikipedia記事の引用で恐縮ですが,無数にあるタンパク質を分類する古典的な方法に「球状タンパク質 globular protein」「繊維状タンパク質 fibrous protein」「天然変性タンパク質 disordered protein」「膜タンパク質 membrane protein」の4種があるそうです.何でも19世紀に遡る分類法だそうで.

Wikipedia: Globular protein

このうち「球状タンパク質 globular protein」はさらに「グロビン globin」「アルブミン albumin」「アルファグロブリン alpha globulin」「ベータグロブリン beta globulin」「ガンマグロブリン gamma globulin」に分類されます.

「グロブリン globulin」の名称は上位の「球状タンパク質 globular protein」からの派生のようですね.

19世紀~20世紀初頭の化学研究は電気泳動などが主流だったようです.

ヒトの血清を電気泳動したところ,ある程度のかたまりがいくつか観察されたので,ギリシャ文字を使って命名したんですね.アルファは早い段階で1と2に細分化されました.

 

なおこの時代の電気泳動技術では,分子量に従った分別はできなかったようです.つまりアルファ~ガンマは分子量(重さ)順ではありませんし,現代の科学技術では各グロブリンの中に種々の異なる分子量のタンパク質が混ざり合っていることがわかっています.

タンパク質 球状タンパク質
globular protein
グロビン
globin
アルブミン
albumin
アルファ1グロブリン
(α1グロブリン)
alpha1 globulin
アルファ2グロブリン
(α2グロブリン)
alpha2 globulin
ベータグロブリン
(βグロブリン)
beta globulin
ガンマグロブリン
(γグロブリン)
gamma globulin
繊維状タンパク質
fibrous protein
天然変性タンパク質
disordered protein
膜タンパク質
membrane protein

そして次項で解説するとおり,ガンマグロブリンが免疫(抗体反応)に強く関わっていることが20世紀の研究で明らかとなりました.

免疫グロブリン発見と分類の歴史

この項では,グロブリンが免疫に関与していると発見された歴史を振り返ります.

以下,こちらの論文を参照しています.

Black CA. A brief history of the discovery of the immunoglobulins and the origin of the modern immunoglobulin nomenclature. 1997;(July 1996):65-69. doi:10.1038/icb.1997.10

ガンマグロブリン(γグロブリン) gamma globulin の免疫関与の発見

「血清を電気泳動したら何だか分離できたかたまり」であったガンマグロブリンが免疫に関与していることを最初に発見したのは,TiseliusおよびKabatによる1939年の研究だそうです.

彼らは,

  1. 実験動物にオボアルブミン(卵白の主要アルブミン)を感作させ免疫を獲得させる
  2. オボアルブミンに免疫獲得した実験動物の血清を抽出し,オボアルブミン溶液に混ぜる
  3. 混ぜた後の血清を電気泳動したところ,ガンマグロブリンだけが減少していた

という研究観察を行いました.「オボアルブミンに免疫を有する血清中のガンマグロブリンは,オボアルブミンに結合した」,すなわち「ガンマグロブリンは抗原に結合する抗体として働く」ことが明らかとなったのです.

この後で「免疫に関与するグロブリン=免疫グロブリン immunoglobulin」という言葉が生まれ,今日に至るまで「ガンマグロブリン」と「免疫グロブリン」は混同して扱われてきました.

特に,「免疫グロブリンを含む血清由来の製剤」の一般名は現代でも「ガンマグロブリン製剤」で通っています.

しかし次項で示すとおり,アルファグロブリンやベータグロブリンにも免疫グロブリンが含まれることが次第にわかってきました.

よってあくまでも,

  • ガンマグロブリン=血清の電気泳動に基づくタンパク質の一分類(製剤の一般名として使われることも)
  • 免疫グロブリン =免疫に関与し抗体として作用するグロブリンの機能的分類

と区別すべきですね.

アルファおよびベータグロブリンからの免疫グロブリンの発見

IgM の発見と命名

1944年,Waldenström,Pederson および Kunkel が,多発性骨髄腫の患者の血清から新たな免疫グロブリンを発見しました.

多発性骨髄腫患者の血清を電気泳動したところ,ベータグロブリンのすぐ隣に特異的なかたまりが出現することを発見しました.このかたまりを彼らは「マクログロブリン macroglobulin」と名付けます.

「マクロ」というからには,大きめのグロブリンだと考えたんでしょうか?命名由来まではサイト管理者は見つけられませんでした.

後に1960年代に免疫グロブリンの命名法が統一された際に,彼らが分離したマクログロブリンはその頭文字 M をとって「IgM」と名付けられました.「Ig」は「Immunoglobulin」を意味する略語ですね.「IgM」とはいわば「免疫グロブリンM」です.

現代では,多発性骨髄腫はB細胞(Bリンパ球)が腫瘍化して増殖する病態であることがわかっています(B細胞リンパ腫).B細胞とはもちろん抗体を産生する細胞ですね.つまり,現代の分類に従えば,1944年の研究対象だった患者は「IgM型多発性骨髄腫」だったようです.

IgG の命名

1939年の研究で発見された免疫グロブリンは,IgM の命名と時期を同じくして,それを含んでいたガンマグロブリンの頭文字 G をとって「IgG」と命名されました.「G」の由来はガンマグロブリンだったんですね.

この点でも,「ガンマグロブリン」と「免疫グロブリン」は用語として明確に使い分けるべきです.

IgA の発見と命名

さらに研究が進み,IgG と IgM は共にガンマグロブリンおよびベータグロブリンからも発見されました.一方で,ガンマおよびベータには「IgG でも IgM でもない免疫グロブリン」が混ざっていることがわかってきました.それらはいったん「β2Aグロブリン」および「γ1Aグロブリン」と命名されます.

その後1959年に,Heremans らによって新しい単一の免疫グロブリンだと確認され,「IgA」または「α免疫グロブリン」に変名されます.「A/α」が選ばれた理由は,変名当時に確立された命名規則に従ったためのようですが,詳細は不明です. :ややこしいのですが,この「α」はアルファグロブリンとは関係ありません.また,アルファグロブリンからは最終的に免疫グロブリンが発見されることはありませんでした.

IgD の発見と命名

IgA に続く1965年,Rowe と Fahey がやはり多発性骨髄腫患者から,既知の IgG/M/A とは異なる免疫グロブリンをガンマグロブリン中から発見します.

この命名は,「IgA が命名されてるんだからお隣の IgB/βグロブリン にしよう」と当初考えられたようです.しかし同時期に,ネズミの免疫グロブリンを「βグロブリン」と命名する話が持ち上がっていました.そこでB/βを避けることとし,その次の「C」にはギリシャ文字に相当するものがないことから却下され,さらに次の「D/δ」が選ばれたそうです.

なお,ネズミの免疫グロブリンは結局「βグロブリン」とは命名されずじまいだそうです.仮に命名されていたら,ヒトのベータグロブリンとしばしば混同されて大変だったろうと想像します.

IgE の発見と命名

IgE の明確な同定は IgG/M/A/D に続く1966年のことですが,「アレルギーを持つ個体から別の個体へアレルギーを移植しうる物質」が血清中に存在することは,遡る1890年には既に動物実験で証明されていました.

1966年に Ishizaka, Hornbrook, Johansson が,ブタクサ花粉に含まれる何らかのタンパク質が皮膚に紅斑 erythema を生じうることを発見し,その推定原因物質を紅斑 erythema の頭文字から「抗原E」と名付けました.

それを受けて,Fahey および Rowe が「抗原E」に反応する特異抗体が新たな免疫グロブリンであることを発見し,「IgE」と命名しました.

IgG/M/A/D/E -クラス- の命名由来の整理

以上のような経緯で命名された免疫グロブリンG/M/A/D/Eは,現代では「免疫グロブリンクラス」と呼ばれます.

クラスの命名由来を整理すると,下表のようになります.

クラス 命名由来
IgG ガンマグロブリン gamma globulin の G
IgM 多発性骨髄腫患者血清から分離したマクログロブリン macroglobulin の M
IgA 当時確立された命名規則に従って(詳細不明)
IgD A に続く B にしたかったが他の命名候補と重なりそうかつ C に相当するギリシャ文字がなかったことから消去法で
IgE アレルギーによる紅斑 erythema を生じうる抗原(アレルゲン)に対する免疫グロブリンであるため

現代の生化学および免疫学によるグロブリンの分類

参考までに,現代の生化学および免疫学では,血清タンパク質は下表のように細分化されています.

どうして?電気泳動|血液はどんな具合に分離されるのでしょうかあ?

※上述のとおり IgG/M/A などは歴史的にガンマグロブリン以外のグロブリンからも分離されていますが,下表は現代の生化学および免疫学に基づく分類です.

タンパク質 球状タンパク質
globular protein
グロビン
globin
  • ヘモグロビン
  • ミオグロビン
アルブミン
albumin
  • プレアルブミン
  • アルブミン
アルファ1グロブリン
(α1グロブリン)
alpha1 globulin
  • α1アンチトリプシン
  • α1酸性糖蛋白
  • チロシン結合グロブリン
  • α1リポ蛋白(HDL)
  • α1ミクログロブリン
  • α1アンチキモトリプシン
  • α1フェトプロテイン
アルファ2グロブリン
(α2グロブリン)
alpha2 globulin
  • α2マクログロブリン
  • セルロプラスミン
  • ハプトグロビン
  • レチノール結合蛋白
ベータグロブリン
(βグロブリン)
beta globulin
  • トランスフェリン
  • ヘモペキシン
  • βリポ蛋白(LDL,VLDL)
  • β1Cグロブリン
  • β1Eグロブリン
  • フィブリノゲン
  • β2ミクログロブリン
ガンマグロブリン
(γグロブリン)
gamma globulin
  • 免疫グロブリン
    • IgG
    • IgM
    • IgA
    • IgD
    • IgE
繊維状タンパク質
fibrous protein
天然変性タンパク質
disordered protein
膜タンパク質
membrane protein

分子としての免疫グロブリン immunoglobulin

免疫グロブリンは単量体 monomer としては下記の構造をしています.

 

左右対称の構造には,H鎖 heavy chain(図の青色黄色) と L鎖 light chain(図の緑色赤色)があります.より長く分子量がより大きい(重い heavy)H鎖は,左右一対で「Y」の字のような形を作っています.より短く分子量がより小さい(軽い light)L鎖は,「Y」の上側を挟むように付いています.

可変領域 variable domain,定常領域 constant region,抗原結合部位 antigen-binding region

H鎖とL鎖それぞれの先端は,抗原(のエピトープ)の形に応じて分子構造がダイナミックに変化する領域であり,「可変領域 variable domain」と呼びます(図の「VH」および「VL」).

可変領域以外のH鎖およびL鎖を「定常領域 constant domain」と呼びます.

VHとVLが組み合わさった箇所で抗原(のエピトープ)に結合します.これを「抗原結合部位 antigen-binding region」と呼びます.

H鎖のアイソタイプ isotype

H鎖の分子構造にはアイソタイプ(同形)が5種類あることがわかっています.5種類のアイソタイプは下記のとおり命名されています.

H鎖
アイソタイプ
γ ガンマ
μ ミュー
α アルファ
δ デルタ
ε エプシロン

免疫グロブリンのクラス

前項では単量体としての免疫グロブリンの分子構造を確認しました.

既にお気付きのとおり,H鎖のアイソタイプはそのまま免疫グロブリンのクラスと対応しています.

というか,先に免疫グロブリンの各クラスが発見され,後にH鎖の構造が解析されて各アイソタイプが対応するギリシャ文字で命名された,と言った方が正確でしょう.

H鎖
アイソタイプ
免疫グロブリン
クラス
γ ガンマ IgG
μ ミュー IgM
α アルファ IgA
δ デルタ IgD
ε エプシロン IgE

免疫グロブリンのクラスと重合体 polymer

免疫グロブリンクラスは単なるH鎖アイソタイプの違いだけではありません.

実際の分子としては,IgG/M/A/D/E の各クラスは単量体 monomer,二量体 dimer または五量体 pentamer のいずれかの重合体 polymer を形成し互いに異なっています.

また,IgG/D/E はいずれも単量体ですが,分子構造はそれぞれ少しずつ異なります.

H鎖
アイソタイプ
免疫グロブリン
クラス
重合体
γ ガンマ IgG 単量体 monomer
μ ミュー IgM 五量体 pentamer
※B細胞表面では単量体
α アルファ IgA 二量体 dimer
※血清中では単量体
δ デルタ IgD 単量体 monomer
ε エプシロン IgE 単量体 monomer
 

免疫グロブリンのクラスと発現部位および機能

免疫グロブリンはクラスごとに人体内での発現部位と機能が異なることがわかっています.

H鎖
アイソタイプ
免疫グロブリン
クラス
重合体 発現部位 機能
γ ガンマ IgG 単量体 monomer
  • 血中
  • 胎盤通過(唯一)
  • 全Ig中75%
  • 病原微生物のオプソニン化および中和
  • 補体の活性化
  • 抗体依存性細胞障害作用
  • 種々の過敏性反応
μ ミュー IgM 五量体 pentamer
※B細胞表面では単量体
  • 血中
  • 全Ig中10%
  • 抗原刺激に対して最初にB細胞から分泌
  • 抗原に対する凝集作用→抗原不動化
  • 補体古典経路の活性化
α アルファ IgA 二量体 dimer
  • 粘膜分泌物
  • 乳汁
  • 全Ig中15%
  • 粘膜上皮細胞にはIgA二量体を粘膜表面へ移送する特殊なレセプターがある
δ デルタ IgD 単量体 monomer
  • 血中
  • B細胞表面のみに発現
  • 実は機能が殆どわかっていない
ε エプシロン IgE 単量体 monomer
  • 肥満細胞および好塩基球の細胞表面
  • 全Ig中0.002%
  • アレルギーに関与
    • 肥満細胞表面に結合したIgE同士を抗原が架橋すると脱顆粒を生じてⅠ型アレルギー
  • 寄生虫免疫