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Sputnik Vがまだ2回接種後の full analysis を発表しておらず,Johnson&Johnsonも論文化されていないことから,本ページではAstraZeneca(Oxfordワクチン)の治験 phase 3 についてのみ記述します.
{|class="wikitable" style="max-width:500px;"
|-
!style="width:7em;"|
!AstraZenecaワクチン
|-
*実薬群2回目接種14日後に発生した横断性脊髄炎1件はワクチンとの関連の可能性がある
|}
 
AstraZenecaワクチンの投与量が異なっていることについては,かなり複雑な背景があります.
 
また,複数の効果のうち「90%」については,治験担当者自ら疑義を呈している点に留意が必要です.
 
詳しくは次節以降をご参照ください.
 
==ウイルスベクターワクチン治験:対象者==
{|class="wikitable" style="max-width:500px;"
|-
!style="width:7em;"|
!AstraZeneca
|-
!年齢
|valign="top"|
*18歳以上
**最高齢,平均,中央値記載なし
*70歳以上が3.8%
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!背景
|valign="top"|
*基礎疾患ありが約10%
*女性が約40%
*白人が約85%
*医療従事者が約80%
など<br>
※4つの異質な治験の統合のため,サイト管理者による概算値
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!除外基準
|valign="top"|
論文中には除外基準の明記なし
|-
!対象人数
|valign="top"|
効果の解析対象:
*実薬群 5,807人
*プラセボ群 5,829人
|}
 
実はAstraZenecaの論文は,それぞれ「COV001」「COV002」「COV003」「COV005」と名付けられた4つの異質な治験を,統合した結果を示しています.
 
このうち COV001 と COV005 は,安全性評価と用量決定が主目的の phase 1/2 です.そのためこれら2治験の参加者の結果は,有害事象の集計対象にはしていますが,効果の集計からは外されています.
 
COV002 と COV003 が phase 2/3 です.効果の集計にはこれら2治験の参加者の結果のみ反映されています.
 
==ウイルスベクターワクチン治験:投与方法==
{|class="wikitable" style="max-width:500px;"
|-
!style="width:7em;"|
!AstraZeneca
|-
!実薬
|valign="top"|
ベクターウイルス量
*低用量LD 2.2×10<sup>10</sup>
**COV002での1回目
*標準量SD 5.0×10<sup>10</sup>
**COV002での2回目及びCOV003
|-
!プラセボ
|valign="top"|
*効果解析対象のCOV002, 003では髄膜炎菌ワクチンACWY
*安全性解析対象のCOV001, 002, 003では髄膜炎菌ACWY,COV005では生理食塩水
|-
!接種スケジュール
|valign="top"|
*計画では2回接種・4週間隔
*実際にはCOV002で殆どが9週以上,半数が12週以上の間隔で,COV003では間隔が4-12週でばらついた
|-
!投与経路
|valign="top"|
*筋注(三角筋)
|}
 
===AstraZeneca治験の投与方法はなぜ複雑なのか===
AstraZenecaの投与法がかなり複雑になってしまっています.理由は以下の事情によるものです.
 
「参加者」の項で説明したとおり,AstraZenecaでの効果を解析する治験は「COV002」と「COV003」の2つのみです.
 
論文によると,COV002で製造した実薬ロットを検定したところ,ベクターウイルス量が測定手法によって大きく異なる結果が出てしまったそうです.
:※同一ロットを,分光光度法で測定した場合でベクターウイルス量 5.0×10<sup>10</sup>,定量PCR法で測定した場合で 2.2×10<sup>10</sup>
 
先に実施したCOV001において,分光光度法による測定で5.0×10<sup>10</sup>と安全用量を決定していたため,一貫性を保つためにCOV002の1回目投与ではこのロットを接種しました.
 
しかし,COV002の1回目投与後の副反応を観察したところ,想定しうるワクチン反応性症状(接種部位の腫脹や発熱など)の頻度が事前予想よりも低いことがわかりました.論文にはそれ以上の記載がありませんが,私の想像では,治験担当者は「1回目ロットのベクターウイルス含有量が予定よりも少なかったかも…」と考えたかもしれません.
 
さらに論文によると,分光光度法によるウイルス量測定において,実薬に含まれる添加剤が分光光度測定に干渉することが判明したそうです.つまり分光光度法ではウイルス量を正確に測定できないことがわかったのです.
 
1回目ロットのベクターウイルス量が少ない可能性がある上に,当初計画の検定法では本当に少ないかどうかすら正確に測定できないことがわかった訳ですから,治験担当者達は相当頭を抱えたのではないかと私は想像しています.
 
論文によると,治験担当者は監視当局と協議して許可を得た上で,COV002で使用するロットの検定を定量PCR法測定で行うよう,中途で治験プロトコルを変更したそうです.定量PCR法で5.0×10<sup>10</sup>と測定されたロットに中途から切り替えることになったため,COV002の実薬群参加者の一部は結果的に,1回目に2.2×10<sup>10</sup>含有の実薬を,2回目には5.0×10<sup>10</sup>含有の実薬を,それぞれ接種することになったのです.
 
:※論文では2.2×10<sup>10</sup>含有の実薬を「low dose, LD」と呼び,5.0×10<sup>10</sup>含有の実薬を「standard dose, SD」と呼んでいます.
 
また,一連の中間検証,監視当局との協議やプロトコル変更に時間を要したため,COV002の2回目接種は当初計画の4週間を大きく超えてしまいました.
 
1回目のLD投与群に対する2回目としてのSD投与は,殆ど(99%超)の対象者が9週間以上の間隔で,うち半数以上(52%超)は12週以上という大幅遅延の接種間隔となっています.
 
一方で,COV002の中でも遅い時期=SDロットが確立された後に登録した参加者は,1回目でもSDを投与されました.2回目投与も,早期登録参加者よりは短い間隔で接種されています.
 
:(※本当は上記事情に加えて,COV002の若年参加者(55歳以下)を早期に登録した上で当初は1回のみの接種スケジュールだったところLDが判明したためブースター目的に2回目接種を急遽加えるよう変更したとか,同じCOV002でも高齢参加者(56歳以上)は遅くに登録した上で当初から2回接種スケジュールの計画だったとか,ややこしすぎる事情もあります)
 
なお,COV003はSDロットが確立された後で登録が始まったようです.そのためCOV003参加者の実薬群は全員が1回目からSD投与ですし,参加者の60%超は2回目を6週間以内に接種しています.
 
このとおりAstraZenecaワクチンは,ロット検定法の不備により,中途変更を含むあまりに複雑な治験構造となってしまいました.治験としてそれはどうなんだと正直疑問ですが,新型コロナのワクチン開発は超緊急課題ですから,特別に許されたのかもしれません….
 
AstraZenecaワクチンはそれらの点を割り引いて評価する必要があると,私は考えています.
 
==ウイルスベクターワクチン治験:効果(エンドポイント)と有害事象の検証方法==
以下の表ではすべて'''「実薬群ではプラセボ群に比べて」を省略しています'''.
{|class="wikitable" style="max-width:500px;"
|-
!style="width:7em;"|
!AstraZeneca
|-
!一次<br>エンドポイント
|valign="top"|
*COVIDの発症が減少するか?
**Methods欄には接種回数及び接種後期間の明記はないが,Resultsを読むと「2回目接種の14日後以降」のCOVID発症を評価していることがわかる
|-
!二次<br>エンドポイント
|valign="top"|
*Methods欄には明記なし
**ただしCOV002参加者には,無症状COVIDを検出するために,鼻咽頭拭い液を1回目接種後から毎週自己採取して検査センターに郵送するよう求めたことから,無症状COVIDの減少が実質的な二次エンドポイント(の1つ)と解釈できる
|-
!有害事象
|valign="top"|
*参加者に24時間対応の電話番号を知らせ,いかなる症状(COVID様又は有害事象問わず)の出現時にもコールするよう求めた
**追跡予定期間の明記なし
|}
 
==ウイルスベクターワクチン治験:効果 Vaccine Efficacy==
 
下表において「平均追跡期間」はいずれも論文中にはありません.論文中に記載された人年/人日と解析対象人数/at risk人数から,私が逆算したものです.
 
どのワクチンも「2回目の7/14日後以降」という極めて短期間でエンドポイントを見ているため,予防効果がどれぐらいの期間続くのか予想できません.せめて2回目接種からCOVID発症までの平均追跡期間を見ることで,「60%や95%というVEが保たれるのは平均で少なくともどのぐらいの期間か」を考えることができます.
 
もちろん,3論文ともKaplan-Meier法による累積発症グラフを掲載しており,そちらの方が視覚的にわかりやすいです.是非ご参照ください.著作権の関係でグラフを本ページに転載することができないため,代わりに平均追跡期間を計算した次第です.参考程度にお考えください.
 
なお,AstraZenecaワクチンのVEの解釈については,表の後に追加コメントがあります.
 
{|class="wikitable" style="min-width:500px;"
|-
!style="width:7em;"|
!colspan="3"|AstraZeneca
|-
!rowspan="4"|一次<br>エンドポイント
|colspan="3" style="text-align:center;"|'''2回目14日後以降のCOVID発症'''
|-
|valign="top"|
*LD→SD投与群<br>(COV002の一部)
{|class="wikitable"
|-
!style="width:50%;"|実薬LD→SD群
!style="width:50%;"|プラセボ群
|-
|align="middle"|3人<hr>1,367人
|align="middle"|30人<hr>1,374人
|-
!colspan="2"|Vaccine Efficacy (95%信頼区間)
|-
|colspan="2" align="middle"|90.0% (67.4-97.0)
|-
!style="width:50%;"|実薬群人日
!style="width:50%;"|プラセボ群人日
|-
|align="middle"|73,313人日<hr>平均追跡期間 53.6日
|align="middle"|72,949人日<hr>平均追跡期間 53.1日
|}
 
|valign="top"|
*SD→SD投与群<br>(COV002の一部+COV003)
{|class="wikitable"
|-
!style="width:50%;"|実薬SD→SD群
!style="width:50%;"|プラセボ群
|-
|align="middle"|27人<hr>4,440人
|align="middle"|71人<hr>4,455人
|-
!colspan="2"|Vaccine Efficacy (95%信頼区間)
|-
|colspan="2" align="middle"|62.1% (41.0-75.7)
|-
!style="width:50%;"|実薬群人日
!style="width:50%;"|プラセボ群人日
|-
|align="middle"|174,986人日<hr>平均追跡期間 39.4日
|align="middle"|174,279人日<hr>平均追跡期間 39.1日
|}
 
|valign="top"|
*LD/SD問わず全集計<br>(COV002+COV003)
{|class="wikitable"
|-
!style="width:50%;"|実薬群すべて
!style="width:50%;"|プラセボ群
|-
|align="middle"|30人<hr>5,807人
|align="middle"|101人<hr>5,829人
|-
!colspan="2"|Vaccine Efficacy (95%信頼区間)
|-
|colspan="2" align="middle"|70.4% (54.8-80.6)
|-
!style="width:50%;"|実薬群人日
!style="width:50%;"|プラセボ群人日
|-
|align="middle"|248,299人日<hr>平均追跡期間 42.8日
|align="middle"|247,228人日<hr>平均追跡期間 42.4日
|}
|-
|colspan="3" style="text-align:center;"|'''2回目14日後以降の無症候COVID感染'''
|-
|colspan="3" valign="top" align="center"|
{|class="wikitable"
|-
!style="width:50%;"|実薬群
!style="width:50%;"|プラセボ群
|-
|align="middle"|29人<hr>3,288人
|align="middle"|40人<hr>3,350人
|-
!colspan="2"|Vaccine Efficacy (95%信頼区間)
|-
|colspan="2" align="middle"|27.3% (-17.2-54.9)<br>※統計学的有意差なし
|-
!style="width:50%;"|実薬群人日
!style="width:50%;"|プラセボ群人日
|-
|align="middle"|151,673人日<hr>平均追跡期間 46.1日
|align="middle"|152,138人日<hr>平均追跡期間 45.4日
|}
|-
!二次<br>エンドポイント
|colspan="3"|
|}
 
===AstraZenecaのVEの解釈===
AstraZenecaワクチンの「LD→SD投与群」の VE が90.0%であることにはちょっと注意が必要です.<br>
95%信頼区間の下限は 0 よりも上(67.4%)なので統計学的有意差は危険率5%で検出されているのですが,SD→SD投与群の VE 62.1% に比べてずいぶん乖離があります.
 
この点には,治験担当者自身が discussion で下記のようにコメントしています.
{{Quote
|content=
<div style="font-size:1.1em;">
there is a possibility that '''chance''' might play a part in such divergent results
</div>
(「こうした結果の不一致には,'''偶然'''が寄与している可能性がある」)
}}
 
「偶然」?
 
ややこしいのですが,統計学的有意差は検出されているので,「LD/SD群がプラセボに比べて予防効果がある」ことは確かでしょう.<br>
でも,「SD/SD群が60%台なのにLD/SD群は90%台というのは何だか不思議だね納得しにくいね」ということを治験担当者たちは考えたようです.<br>
つまり,「有意差はあっても90%という見かけの数字は大きすぎ=偶然に良い数字になっちゃったのかもね」と治験担当者が考えているということです.
 
偶然に良い数字なのだとしたら,神のみぞ知る真の VE は何%ぐらい?<br>
それは神にしかわからないのですが,それを推測する材料が95%信頼区間と,「元々意図していた投与量」であるSD→SD群での結果です.
 
95%信頼区間の下限が67.4%ということは,真の VE が 67.4% かもしれないし 70% かもしれないし,80%かもしれません.「元々意図していた投与量」であるSD→SD群での VE が 62.1% だったんですから,LD→SD群の真の値も低めに見積もった方が無難かもしれません.
 
治験担当者が「偶然」と書いたのはそういう意味合いだと理解していいでしょう.
<hr>
それでもLD→SD群の90%が真の値に近いかもしれないなら,SD→SD群より良い結果になった理由の推測は?<br>
この先は私の“妄想”レベルですのでご参考までに.
 
ひとつ想像できるのは,LD→SD群の接種間隔です.当初4週間を計画していたのが,ワクチンロット検定不具合から大幅に接種間隔が延びてしまいました.半数以上の参加者が12週以上(3ヶ月以上)の接種間隔であり,SD→SD群より長くなりました.この接種間隔の長さが,より良いブースター効果を生んだのかもしれません.
 
体内で増殖した病原体抗原(ワクチン由来も含む)は複雑な免疫応答を惹き起こしますが,中心になるのはB細胞の活性化とそれに続く形質細胞およびメモリーB細胞への分化です.各所のリンパ節や脾臓にある胚中心(germinal center)で一連のB細胞の分化と親和性成熟が進んで十分量の特異抗体が産生されるようになるまでに,およそ4週間かかるとされています.
:(※詳しくは免疫学の教科書をご参照ください.あるいは成書 Plotkin's Vaccines 7th ed. の Section 1 > 2 Vaccine Immunology > Vaccine Antibody Responses のチャプターにも詳しく書かれています.[https://www.youtube.com/watch?v=qGsyBwDVnTU こちらのYouTube動画も美しいアニメーションでまとまっています])
 
初回接種から4週間かけてB細胞が活性化→分化しますが,分化してできた形質細胞は寿命が短いため,分泌される抗体量はいったんゼロ近くまで減少してしまいます.その後に再び病原体抗原にさらされる機会があれば---ワクチンであれば2回目を接種すれば,メモリーB細胞が7日以内という短期間に一気に形質細胞に分化し,低下していた抗体分泌を再び活発にします.再刺激された抗体産生は初回接種よりも多くかつ長く保たれます.<br>
これがワクチンのブースター効果です.
 
ただし,胚中心で開始されたB細胞の親和性成熟のプロセスは,胚中心が数週後に消失した後も,数ヶ月間は持続するとされています.ということは,初回接種から時間が経てば経つほど,B細胞は病原体抗原に対してより強い親和性を獲得=抗原によりフィットする抗体が産生できるようになります.よって,初回からブースター接種までの時間がより長くなれば,より効果の高い抗体をメモリーB細胞→形質細胞が大量生産してくれることになります.
 
LD→SD群がSD→SD群よりも本当に VE が高かったのであれば,「接種間隔が延びてしまったことがB細胞の親和性成熟をより促し,結果的に免疫がより強くなった」が理由かもしれません.
 
もうひとつ想像するなら,初回接種の抗原量が少なかったことにも理由があるかもしれません.<br>
一般に初回接種の抗原量を少なめにすると,胚中心でのB細胞(の分化過程である中心細胞)の濾胞樹状細胞に対する競合がより強くはたらき,親和性B細胞がより強く選択されることもあると考えられています.それは結果的にブースター接種での抗体産生を高くします.
 
さらに,AstraZenecaワクチンがウイルスベクターワクチンであることにも想像が及びます.<br>
チンパンジーアデノウイルスをベクターとして利用していますが,ベクターウイルス粒子そのものへの免疫が惹起されたとしても不思議ではありません.すると,初回ウイルス量が少ない方がベクターウイルスへの免疫が相対的に弱く獲得され,2回目接種でのベクターウイルスへの攻撃も相対的に弱くなり,その結果より多くのSARS-CoV-2遺伝子がヒト細胞に導入されて抗原産生が2回目接種で相対的に増えたのかもしれません.
 
以上,どれも私の“妄想”レベルですから,「見てきたようなウソを言い」程度に読み流してください.
 
 
==ウイルスベクターワクチン治験:有害事象==
{|class="wikitable" style="max-width:500px;"
|-
!
!AstraZeneca
|-
!style="width:4em;"|有害事象
|valign="top"|
''治験進行中のいかなる症状も自発的に報告''
{|class="wikitable"
|-
!
!style="width:33%"|実薬群
!style="width:33%"|プラセボ群
|-
!重篤有害事象
|align="right"|79人・84件
|align="right"|89人・91件
|-
!死亡
|align="right"|1人
|align="right"|3人
|}
*重篤有害事象の内訳は実薬群とプラセボ群のいずれにも明らかな偏りはない
*実薬群2回目接種の14日後に発生した横断性脊髄炎1件は,独立委員会が特発性idiopathicと判断したため,治験担当者はワクチンとの関連している可能性があると判断
*死亡計4人の死因は,交通事故,鈍的傷害,殺人,真菌性肺炎
|}
 
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