コロナワクチン ウイルスベクターワクチン-治験

提供: Vaccipedia | Resources for Vaccines, Tropical medicine and Travel medicine
ナビゲーションに移動 検索に移動
新型コロナワクチン総目次
総論
コロナワクチン_開発と承認の状況
コロナワクチン_ワクチンの製法
コロナワクチン_ウイルス遺伝子の接種に理論的危険性はない
コロナワクチン_抗体依存性感染増強(ADE)について
コロナワクチン_社会的配慮について
コロナワクチン_リンク集
治験+承認後研究
コロナワクチン_ワクチンの効果 Vaccine Efficacy とは
コロナワクチン_mRNAワクチン-治験
コロナワクチン_mRNAワクチン-承認後研究
コロナワクチン_mRNAワクチン-アナフィラキシー
コロナワクチン_ウイルスベクターワクチン-治験
コロナワクチン_ウイルスベクターワクチン-承認後研究
コロナワクチン_今わかっていること,まだわからないこと
接種の実際
コロナワクチン_日本の法令上の根拠
コロナワクチン_日本での接種体制
コロナワクチン_三角筋への筋注手技
コロナワクチン_人口集団別の接種可否の考え方
コロナワクチン_高齢者
コロナワクチン_妊婦
コロナワクチン_挙児希望女性
コロナワクチン_授乳婦および授乳児
コロナワクチン_小児
コロナワクチン_アナフィラキシー既往
コロナワクチン_免疫低下状態・悪性腫瘍患者
コロナワクチン_出血傾向患者
コロナワクチン_新型コロナ既感染者
コロナワクチン_接種スケジュールの遵守
コロナワクチン_異なるワクチン製剤間の互換性
コロナワクチン_他のワクチンとの接種間隔

更新履歴

日付 更新内容
2021年3月26日 SputnikおよびJohnson&Johnsonワクチンを追記
2021年1月19日 一般公開

ウイルスベクターワクチン3製剤

ウイルスベクターワクチンはAstraZeneca(英国での通称:Oxfordワクチン)に加え,ロシアのSputnik(Спутник)および米国のJohnson&Johnson社製ワクチンがそれぞれ開発国で承認されています.

このうち phase 3 結果がpeer-reviewed論文として掲載されているのは2021年3月26日現在 AstraZeneca のみです.

Sputnikは phase 3 のinterim analysis(2回接種のうち1回目接種後の一時的な予防効果)のみが掲載され,Johnson&Johnsonは未だプレスリリースのみです.

ワクチン 引用 初出日
AstraZeneca Voysey M, Clemens SAC, Madhi SA, et al. Safety and efficacy of the ChAdOx1 nCoV-19 vaccine (AZD1222) against SARS-CoV-2: an interim analysis of four randomised controlled trials in Brazil, South Africa, and the UK. Lancet. 2021;397(10269):99-111. doi:10.1016/S0140-6736(20)32661-1 2020年12月8日
Sputnik V Logunov DY, Dolzhikova I V, Shcheblyakov D V, et al. Safety and efficacy of an rAd26 and rAd5 vector-based heterologous prime-boost COVID-19 vaccine: an interim analysis of a randomised controlled phase 3 trial in Russia. Lancet. 2021;397(10275):671-681. doi:10.1016/s0140-6736(21)00234-8 2021年2月20日
Johnson&Johnson Press Release: Johnson & Johnson COVID-19 Vaccine Authorized by U.S. FDA For Emergency Use - First Single-Shot Vaccine in Fight Against Global Pandemic 2021年2月27日

ウイルスベクターワクチンのヒト初実用化はエボラワクチン

致死率が50%を超える極めて病原性の強い出血熱ウイルス,エボラウイルス.

特に,2013年から始まった西アフリカでの大流行ではアフリカ大陸から全世界へと広がるのではと人類は脅威に晒されました.

しかしその西アフリカ大流行をきっかけに開発されたエボラワクチンは,後に極めて高い効果が証明されました.

このエボラワクチン rVSVΔG-ZEBOV はウイルスベクターワクチンです.世界で初めてヒトに実用化されたウイルスベクターワクチンは,エボラワクチンだったのです.
新型コロナワクチンがヒト実用化2例目にあたります.

エボラワクチンの開発

エボラウイルスの発見が1976年,ワクチン開発が動物実験レベルで始まったのは2005年でした.前述のとおりウイルスベクターワクチンで,rVSV-ZEBOVワクチン(rVSVΔG-ZEBOVとも)と呼ばれました.

これが緊急治験の形でヒトに本格的に投与されたのは,2014年をピークに西アフリカで大流行した際が初めてでした.しかし致死率が50%を超える病原体であることから倫理的理由によりプラセボ群を設定せず,実薬群のsingle armのみの治験でした.それゆえに,治験結果は疑問視されました.

次の2018年のコンゴ民主共和国での大流行では,効果が疑問視されたままのエボラワクチンを人道的使用 compassionate use として投与しています.この使用実績を2019年に解析したところ,接種者のエボラ発症が未接種者に比べて97.5%抑えられていた(VEが97.5%だった)ことが判明し,ようやく効果が実証されました.

それを踏まえ,WHOは2019年,rVSV-ZEBOVに事前認証 prequalification を与えました.

WHOによる事前認証とは,薬剤や医療機器等を自国で検証することが困難な国・地域向けにその品質や安全性を国際機関として担保する制度のことで,“WHOによるお墨付き”に相当します.

WHO事前認証に至るまで,ヒト治験開始の2014年から数えても5年,動物実験レベルからは14年,病原体発見からは43年が経過しています.

AstraZeneca治験かんたんまとめ

Sputnik Vがまだ2回接種後の full analysis を発表しておらず,Johnson&Johnsonも論文化されていないことから,本ページではAstraZeneca(Oxfordワクチン)の治験 phase 3 についてのみ記述します.

AstraZenecaワクチン
参加者
  • 18歳以上(最高齢,平均,中央値記載なし)
  • 除外基準は明記なし
投与法
  • 実薬:次のいずれか
    • 1回目低用量LD→2回目標準量SD
    • 1回目標準量SD→2回目標準量SD
      • LD:2.2×1010含有
      • SD:5.0×1010含有
  • プラセボ:髄膜炎菌ワクチンACWY
    • 安全性解析対象では一部生理食塩水
  • 2回接種;4-12週以上
  • 筋注(三角筋)
COVID発症の予防効果

2回目接種14日後以降のCOVID発症

実薬LD→SD群 プラセボ群
3人
1,367人
30人
1,374人
Vaccine Efficacy (95%信頼区間)
90.0% (67.4-97.0)
実薬SD→SD群 プラセボ群
27人
4,440人
71人
4,455人
Vaccine Efficacy (95%信頼区間)
62.1% (41.0-75.7)
重症COVIDの予防効果
有害事象
  • 重篤有害事象は死亡含めて両群間に明らかな偏りはない
  • 実薬群2回目接種14日後に発生した横断性脊髄炎1件はワクチンとの関連の可能性がある

AstraZenecaワクチンの投与量が異なっていることについては,かなり複雑な背景があります.

また,複数の効果のうち「90%」については,治験担当者自ら疑義を呈している点に留意が必要です.

詳しくは次節以降をご参照ください.

ウイルスベクターワクチン治験:対象者

AstraZeneca
年齢
  • 18歳以上
    • 最高齢,平均,中央値記載なし
  • 70歳以上が3.8%
背景
  • 基礎疾患ありが約10%
  • 女性が約40%
  • 白人が約85%
  • 医療従事者が約80%

など
※4つの異質な治験の統合のため,サイト管理者による概算値

除外基準

論文中には除外基準の明記なし

対象人数

効果の解析対象:

  • 実薬群 5,807人
  • プラセボ群 5,829人

実はAstraZenecaの論文は,それぞれ「COV001」「COV002」「COV003」「COV005」と名付けられた4つの異質な治験を,統合した結果を示しています.

このうち COV001 と COV005 は,安全性評価と用量決定が主目的の phase 1/2 です.そのためこれら2治験の参加者の結果は,有害事象の集計対象にはしていますが,効果の集計からは外されています.

COV002 と COV003 が phase 2/3 です.効果の集計にはこれら2治験の参加者の結果のみ反映されています.

ウイルスベクターワクチン治験:投与方法

AstraZeneca
実薬

ベクターウイルス量

  • 低用量LD 2.2×1010
    • COV002での1回目
  • 標準量SD 5.0×1010
    • COV002での2回目及びCOV003
プラセボ
  • 効果解析対象のCOV002, 003では髄膜炎菌ワクチンACWY
  • 安全性解析対象のCOV001, 002, 003では髄膜炎菌ACWY,COV005では生理食塩水
接種スケジュール
  • 計画では2回接種・4週間隔
  • 実際にはCOV002で殆どが9週以上,半数が12週以上の間隔で,COV003では間隔が4-12週でばらついた
投与経路
  • 筋注(三角筋)

AstraZeneca治験の投与方法はなぜ複雑なのか

AstraZenecaの投与法がかなり複雑になってしまっています.理由は以下の事情によるものです.

「参加者」の項で説明したとおり,AstraZenecaでの効果を解析する治験は「COV002」と「COV003」の2つのみです.

論文によると,COV002で製造した実薬ロットを検定したところ,ベクターウイルス量が測定手法によって大きく異なる結果が出てしまったそうです.

※同一ロットを,分光光度法で測定した場合でベクターウイルス量 5.0×1010,定量PCR法で測定した場合で 2.2×1010

先に実施したCOV001において,分光光度法による測定で5.0×1010と安全用量を決定していたため,一貫性を保つためにCOV002の1回目投与ではこのロットを接種しました.

しかし,COV002の1回目投与後の副反応を観察したところ,想定しうるワクチン反応性症状(接種部位の腫脹や発熱など)の頻度が事前予想よりも低いことがわかりました.論文にはそれ以上の記載がありませんが,私の想像では,治験担当者は「1回目ロットのベクターウイルス含有量が予定よりも少なかったかも…」と考えたかもしれません.

さらに論文によると,分光光度法によるウイルス量測定において,実薬に含まれる添加剤が分光光度測定に干渉することが判明したそうです.つまり分光光度法ではウイルス量を正確に測定できないことがわかったのです.

1回目ロットのベクターウイルス量が少ない可能性がある上に,当初計画の検定法では本当に少ないかどうかすら正確に測定できないことがわかった訳ですから,治験担当者達は相当頭を抱えたのではないかと私は想像しています.

論文によると,治験担当者は監視当局と協議して許可を得た上で,COV002で使用するロットの検定を定量PCR法測定で行うよう,中途で治験プロトコルを変更したそうです.定量PCR法で5.0×1010と測定されたロットに中途から切り替えることになったため,COV002の実薬群参加者の一部は結果的に,1回目に2.2×1010含有の実薬を,2回目には5.0×1010含有の実薬を,それぞれ接種することになったのです.

※論文では2.2×1010含有の実薬を「low dose, LD」と呼び,5.0×1010含有の実薬を「standard dose, SD」と呼んでいます.

また,一連の中間検証,監視当局との協議やプロトコル変更に時間を要したため,COV002の2回目接種は当初計画の4週間を大きく超えてしまいました.

1回目のLD投与群に対する2回目としてのSD投与は,殆ど(99%超)の対象者が9週間以上の間隔で,うち半数以上(52%超)は12週以上という大幅遅延の接種間隔となっています.

一方で,COV002の中でも遅い時期=SDロットが確立された後に登録した参加者は,1回目でもSDを投与されました.2回目投与も,早期登録参加者よりは短い間隔で接種されています.

(※本当は上記事情に加えて,COV002の若年参加者(55歳以下)を早期に登録した上で当初は1回のみの接種スケジュールだったところLDが判明したためブースター目的に2回目接種を急遽加えるよう変更したとか,同じCOV002でも高齢参加者(56歳以上)は遅くに登録した上で当初から2回接種スケジュールの計画だったとか,ややこしすぎる事情もあります)

なお,COV003はSDロットが確立された後で登録が始まったようです.そのためCOV003参加者の実薬群は全員が1回目からSD投与ですし,参加者の60%超は2回目を6週間以内に接種しています.

このとおりAstraZenecaワクチンは,ロット検定法の不備により,中途変更を含むあまりに複雑な治験構造となってしまいました.治験としてそれはどうなんだと正直疑問ですが,新型コロナのワクチン開発は超緊急課題ですから,特別に許されたのかもしれません….

AstraZenecaワクチンはそれらの点を割り引いて評価する必要があると,私は考えています.

ウイルスベクターワクチン治験:効果(エンドポイント)と有害事象の検証方法

以下の表ではすべて「実薬群ではプラセボ群に比べて」を省略しています

AstraZeneca
一次エンドポイント
  • COVIDの発症が減少するか?
    • Methods欄には接種回数及び接種後期間の明記はないが,Resultsを読むと「2回目接種の14日後以降」のCOVID発症を評価していることがわかる
二次エンドポイント
  • Methods欄には明記なし
    • ただしCOV002参加者には,無症状COVIDを検出するために,鼻咽頭拭い液を1回目接種後から毎週自己採取して検査センターに郵送するよう求めたことから,無症状COVIDの減少が実質的な二次エンドポイント(の1つ)と解釈できる
有害事象
  • 参加者に24時間対応の電話番号を知らせ,いかなる症状(COVID様又は有害事象問わず)の出現時にもコールするよう求めた
    • 追跡予定期間の明記なし