コロナワクチン ワクチンの製法
総論 | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|
|
治験+承認後研究 | |||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
|
更新履歴
日付 | 更新内容 |
---|---|
2021年1月19日 | 一般公開 |
史上初のmRNAワクチン,史上2例目のウイルスベクターワクチン
PfizerワクチンとModernaワクチンは「mRNAワクチン(メッセンジャーRNAワクチン)」です.
AstraZenecaワクチンは「ウイルスベクターワクチン」です.
mRNAワクチンはヒトでの実用化が史上初,ウイルスベクターワクチンはヒト実用化が史上2例目という,どちらも最先端の製法と言えます.
mRNAワクチンとは
ヒトの細胞が生命活動をする際に,自分が持つ遺伝子(化学的にはDNAの分子)から必要な部分を読み取ってタンパク(タンパク質)を合成することは,よく知られています.
遺伝子DNAを読み取る際には,DNAの二重らせん鎖をいったんほどき,読み取り部分のDNA配列にマッチするようなRNAを作ります.
このRNAを「メッセンジャーRNA,mRNA」と呼ぶのでした.
メッセンジャーRNA,mRNAは細胞核の中で作られ,完成後は細胞核の外=細胞質の中に出されます.
細胞質の中には大量のアミノ酸があり,mRNA配列に対応したアミノ酸がリボソームと転移RNAのはたらきで次々に結合することで,目的のタンパクが作られるという仕組みです.
- ※ここまでの一連のプロセスを美しいCGで解説した動画がYouTubeで公開されています.是非ご覧ください.
つまり,ヒトの細胞は,mRNAがあればタンパクを作ることができるのです.
これを利用したのがmRNAワクチンです.
ヒトの免疫が病原体に応答して記憶するときには,その病原体特有のタンパクを記憶します.
ということは,ヒトの免疫が応答しやすい病原体タンパクを選んで,それをヒトの体に入れれば,免疫が付きます.
しかし病原体タンパクを人工合成するのは簡単ではありません.
一方で,遺伝子工学の進歩により,RNAを人工合成することは非常に容易になりました.
病原体タンパクを作るようなmRNAを人工的に合成して,ヒトの体に入れれば,ヒトの細胞がmRNAに基づいて病原体タンパクをどんどん作ってくれます.
作られた病原体タンパクは,単なるタンパクであって病原体そのものではありませんので,ヒトに感染症を起こすことは決してありません.
しかしその病原体タンパクにヒトの免疫が反応することで,病原体に対する免疫を付けることができます.
これがmRNAワクチンの原理です.
「病原体のタンパクをヒト自身に作らせる」というのが,古典的なワクチンとは全く異なる新しい技術なんですね.
なお参考までに古典的なワクチンに比喩するなら,病原体タンパクだけが体内で増えるという点,接種する物質もmRNAという「自己増殖機能を持たない分子」である点で,不活化ワクチンに似ていると言えるでしょう.言い換えれば,生ワクチンとは決定的に違います.
mRNAワクチンのより詳しい原理については,日本RNA学会のエッセイをご参照ください.
mRNAワクチンの専門的な解説については,下記の総説論文がわかりやすいです.
ウイルスベクターワクチンとは
ウイルスベクターワクチン viral vector vaccine は,日本の行政文書では「組換えウイルスワクチン」と呼ばれることもあります.
上記のとおり,病原体タンパクを作るmRNAをヒトの体内に入れるのがmRNAワクチンです.
それに対して,病原体タンパクを作る遺伝子を,他の無関係なウイルスの遺伝子の中に組み込んで(無関係ウイルスの遺伝子を組み換えて),組み換え遺伝子を持つ無関係ウイルスをヒトの体内に入れるのが,ウイルスベクターワクチンです.
無関係ウイルスは遺伝子を運ぶだけの役割であり,「ベクター vector」と呼ばれます.
ベクターは「媒介体」と訳されることもありますが,病原体を生物から生物へとうつす(媒介する)虫などのこともベクターと呼びますね.例えば日本脳炎やデング熱を媒介する蚊やツツガムシ病やSFTSを媒介するマダニはベクターです.
どんなウイルスも,生物の細胞の中に入ると自分が持つ遺伝子を細胞の中に出して,生物の細胞が持つアミノ酸や塩基をフル活用し,自分と同じ遺伝子とタンパクを複製する性質を持っています.
ベクターウイルスもヒトの体内で細胞内に入り,自分が持つ遺伝子によってタンパクを作るわけですが,病原体の遺伝子がそこに組み込まれているためにヒト細胞は病原体タンパクをせっせと作ることになります.
つまり,ベクターウイルスがヒト細胞に入って組み換え遺伝子を細胞内に出した時点で,mRNAワクチンと同じことが起きるのです.
これがウイルスベクターワクチンの仕組みです.
病原体タンパクをヒト細胞に作らせるために,mRNAを直接入れるのがmRNAワクチンですが,遺伝子をベクターウイルスに運んでもらうのがウイルスベクターワクチン,という違いですね.
なお,ベクターウイルスは“生きた”ウイルスとしてヒト体内に入るため,元のウイルス自体に病原性があっては困ります.当然のこととして,ヒトには一切病気を起こさないウイルスだけがベクターウイルスとして選ばれます.
ヒト用ワクチンとしては,エボラウイルスに対して実用化された「rVSV-ZEBOV vaccine」が最初です(※エボラワクチンの経緯は後述).
なお古典的なワクチンに比喩するのは,ちょっと難しいです.“生きた”ウイルスを接種するという点では生ワクチンのようにも思えますが,今回のAstraZenecaワクチンでは自己複製機能つまり増殖機能を欠失させた「チンパンジー・アデノウイルス」を使っているため,厳密には“生きた”ウイルスとは言えません.組み換え遺伝子をヒト細胞へ運ぶベクターとしての役割のみに注目すれば,mRNAワクチンと同じく不活化ワクチン的な要素が強いと言えるかもしれません.つまり,古典的なワクチンに喩えるのは難しいですね.
ベクターウイルスワクチンの専門的な解説には,下記の総説をご参照ください.
その他の新型コロナワクチン候補の製法
今回実用化された3ワクチンの製法は2種類ですが,他にも様々な製法の新型コロナワクチンが開発中です.
それらの製法については,WHOの資料や日経バイオテクの記事,GAVIによるCG動画などに簡潔にまとまっていますので,ご参照ください.