コロナワクチン ウイルスベクターワクチン-治験
総論 | ||||||
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治験+承認後研究 | |||||||
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目次
更新履歴
日付 | 更新内容 |
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2021年3月26日 | SputnikおよびJohnson&Johnsonワクチンを追記 |
2021年1月19日 | 一般公開 |
ウイルスベクターワクチン3製剤
ウイルスベクターワクチンはAstraZeneca(英国での通称:Oxfordワクチン)に加え,ロシアのSputnik(Спутник)および米国のJohnson&Johnson社製ワクチンがそれぞれ開発国で承認されています.
このうち phase 3 結果がpeer-reviewed論文として掲載されているのは2021年3月26日現在 AstraZeneca のみです.
Sputnikは phase 3 のinterim analysis(2回接種のうち1回目接種後の一時的な予防効果)のみが掲載され,Johnson&Johnsonは未だプレスリリースのみです.
ワクチン | 引用 | 初出日 |
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AstraZeneca | Voysey M, Clemens SAC, Madhi SA, et al. Safety and efficacy of the ChAdOx1 nCoV-19 vaccine (AZD1222) against SARS-CoV-2: an interim analysis of four randomised controlled trials in Brazil, South Africa, and the UK. Lancet. 2021;397(10269):99-111. doi:10.1016/S0140-6736(20)32661-1 | 2020年12月8日 |
Sputnik V | Logunov DY, Dolzhikova I V, Shcheblyakov D V, et al. Safety and efficacy of an rAd26 and rAd5 vector-based heterologous prime-boost COVID-19 vaccine: an interim analysis of a randomised controlled phase 3 trial in Russia. Lancet. 2021;397(10275):671-681. doi:10.1016/s0140-6736(21)00234-8 | 2021年2月20日 |
Johnson&Johnson | Press Release: Johnson & Johnson COVID-19 Vaccine Authorized by U.S. FDA For Emergency Use - First Single-Shot Vaccine in Fight Against Global Pandemic | 2021年2月27日 |
ウイルスベクターワクチンのヒト初実用化はエボラワクチン
致死率が50%を超える極めて病原性の強い出血熱ウイルス,エボラウイルス.
特に,2013年から始まった西アフリカでの大流行ではアフリカ大陸から全世界へと広がるのではと人類は脅威に晒されました.
しかしその西アフリカ大流行をきっかけに開発されたエボラワクチンは,後に極めて高い効果が証明されました.
このエボラワクチン rVSVΔG-ZEBOV はウイルスベクターワクチンです.世界で初めてヒトに実用化されたウイルスベクターワクチンは,エボラワクチンだったのです.
新型コロナワクチンがヒト実用化2例目にあたります.
エボラワクチンの開発
エボラウイルスの発見が1976年,ワクチン開発が動物実験レベルで始まったのは2005年でした.前述のとおりウイルスベクターワクチンで,rVSV-ZEBOVワクチン(rVSVΔG-ZEBOVとも)と呼ばれました.
これが緊急治験の形でヒトに本格的に投与されたのは,2014年をピークに西アフリカで大流行した際が初めてでした.しかし致死率が50%を超える病原体であることから倫理的理由によりプラセボ群を設定せず,実薬群のsingle armのみの治験でした.それゆえに,治験結果は疑問視されました.
次の2018年のコンゴ民主共和国での大流行では,効果が疑問視されたままのエボラワクチンを人道的使用 compassionate use として投与しています.この使用実績を2019年に解析したところ,接種者のエボラ発症が未接種者に比べて97.5%抑えられていた(VEが97.5%だった)ことが判明し,ようやく効果が実証されました.
それを踏まえ,WHOは2019年,rVSV-ZEBOVに事前認証 prequalification を与えました.
WHOによる事前認証とは,薬剤や医療機器等を自国で検証することが困難な国・地域向けにその品質や安全性を国際機関として担保する制度のことで,“WHOによるお墨付き”に相当します.
WHO事前認証に至るまで,ヒト治験開始の2014年から数えても5年,動物実験レベルからは14年,病原体発見からは43年が経過しています.
AstraZeneca治験かんたんまとめ
Sputnik Vがまだ2回接種後の full analysis を発表しておらず,Johnson&Johnsonも論文化されていないことから,本ページではAstraZeneca(Oxfordワクチン)の治験 phase 3 についてのみ記述します.
AstraZenecaワクチン | |||||||||||||||||
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参加者 |
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投与法 |
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COVID発症の予防効果 |
2回目接種14日後以降のCOVID発症
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重症COVIDの予防効果 | |||||||||||||||||
有害事象 |
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AstraZenecaワクチンの投与量が異なっていることについては,かなり複雑な背景があります.
また,複数の効果のうち「90%」については,治験担当者自ら疑義を呈している点に留意が必要です.
詳しくは次節以降をご参照ください.
ウイルスベクターワクチン治験:対象者
AstraZeneca | |
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年齢 |
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背景 |
など |
除外基準 |
論文中には除外基準の明記なし |
対象人数 |
効果の解析対象:
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実はAstraZenecaの論文は,それぞれ「COV001」「COV002」「COV003」「COV005」と名付けられた4つの異質な治験を,統合した結果を示しています.
このうち COV001 と COV005 は,安全性評価と用量決定が主目的の phase 1/2 です.そのためこれら2治験の参加者の結果は,有害事象の集計対象にはしていますが,効果の集計からは外されています.
COV002 と COV003 が phase 2/3 です.効果の集計にはこれら2治験の参加者の結果のみ反映されています.
ウイルスベクターワクチン治験:投与方法
AstraZeneca | |
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実薬 |
ベクターウイルス量
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プラセボ |
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接種スケジュール |
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投与経路 |
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AstraZeneca治験の投与方法はなぜ複雑なのか
AstraZenecaの投与法がかなり複雑になってしまっています.理由は以下の事情によるものです.
「参加者」の項で説明したとおり,AstraZenecaでの効果を解析する治験は「COV002」と「COV003」の2つのみです.
論文によると,COV002で製造した実薬ロットを検定したところ,ベクターウイルス量が測定手法によって大きく異なる結果が出てしまったそうです.
- ※同一ロットを,分光光度法で測定した場合でベクターウイルス量 5.0×1010,定量PCR法で測定した場合で 2.2×1010
先に実施したCOV001において,分光光度法による測定で5.0×1010と安全用量を決定していたため,一貫性を保つためにCOV002の1回目投与ではこのロットを接種しました.
しかし,COV002の1回目投与後の副反応を観察したところ,想定しうるワクチン反応性症状(接種部位の腫脹や発熱など)の頻度が事前予想よりも低いことがわかりました.論文にはそれ以上の記載がありませんが,私の想像では,治験担当者は「1回目ロットのベクターウイルス含有量が予定よりも少なかったかも…」と考えたかもしれません.
さらに論文によると,分光光度法によるウイルス量測定において,実薬に含まれる添加剤が分光光度測定に干渉することが判明したそうです.つまり分光光度法ではウイルス量を正確に測定できないことがわかったのです.
1回目ロットのベクターウイルス量が少ない可能性がある上に,当初計画の検定法では本当に少ないかどうかすら正確に測定できないことがわかった訳ですから,治験担当者達は相当頭を抱えたのではないかと私は想像しています.
論文によると,治験担当者は監視当局と協議して許可を得た上で,COV002で使用するロットの検定を定量PCR法測定で行うよう,中途で治験プロトコルを変更したそうです.定量PCR法で5.0×1010と測定されたロットに中途から切り替えることになったため,COV002の実薬群参加者の一部は結果的に,1回目に2.2×1010含有の実薬を,2回目には5.0×1010含有の実薬を,それぞれ接種することになったのです.
- ※論文では2.2×1010含有の実薬を「low dose, LD」と呼び,5.0×1010含有の実薬を「standard dose, SD」と呼んでいます.
また,一連の中間検証,監視当局との協議やプロトコル変更に時間を要したため,COV002の2回目接種は当初計画の4週間を大きく超えてしまいました.
1回目のLD投与群に対する2回目としてのSD投与は,殆ど(99%超)の対象者が9週間以上の間隔で,うち半数以上(52%超)は12週以上という大幅遅延の接種間隔となっています.
一方で,COV002の中でも遅い時期=SDロットが確立された後に登録した参加者は,1回目でもSDを投与されました.2回目投与も,早期登録参加者よりは短い間隔で接種されています.
- (※本当は上記事情に加えて,COV002の若年参加者(55歳以下)を早期に登録した上で当初は1回のみの接種スケジュールだったところLDが判明したためブースター目的に2回目接種を急遽加えるよう変更したとか,同じCOV002でも高齢参加者(56歳以上)は遅くに登録した上で当初から2回接種スケジュールの計画だったとか,ややこしすぎる事情もあります)
なお,COV003はSDロットが確立された後で登録が始まったようです.そのためCOV003参加者の実薬群は全員が1回目からSD投与ですし,参加者の60%超は2回目を6週間以内に接種しています.
このとおりAstraZenecaワクチンは,ロット検定法の不備により,中途変更を含むあまりに複雑な治験構造となってしまいました.治験としてそれはどうなんだと正直疑問ですが,新型コロナのワクチン開発は超緊急課題ですから,特別に許されたのかもしれません….
AstraZenecaワクチンはそれらの点を割り引いて評価する必要があると,私は考えています.
ウイルスベクターワクチン治験:効果(エンドポイント)と有害事象の検証方法
以下の表ではすべて「実薬群ではプラセボ群に比べて」を省略しています.
AstraZeneca | |
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一次 エンドポイント |
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二次 エンドポイント |
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有害事象 |
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ウイルスベクターワクチン治験:効果 Vaccine Efficacy
下表において「平均追跡期間」はいずれも論文中にはありません.論文中に記載された人年/人日と解析対象人数/at risk人数から,私が逆算したものです.
どのワクチンも「2回目の7/14日後以降」という極めて短期間でエンドポイントを見ているため,予防効果がどれぐらいの期間続くのか予想できません.せめて2回目接種からCOVID発症までの平均追跡期間を見ることで,「60%や95%というVEが保たれるのは平均で少なくともどのぐらいの期間か」を考えることができます.
もちろん,3論文ともKaplan-Meier法による累積発症グラフを掲載しており,そちらの方が視覚的にわかりやすいです.是非ご参照ください.著作権の関係でグラフを本ページに転載することができないため,代わりに平均追跡期間を計算した次第です.参考程度にお考えください.
なお,AstraZenecaワクチンのVEの解釈については,表の後に追加コメントがあります.
AstraZeneca | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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一次 エンドポイント |
2回目14日後以降のCOVID発症 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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2回目14日後以降の無症候COVID感染 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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二次 エンドポイント |
AstraZenecaのVEの解釈
AstraZenecaワクチンの「LD→SD投与群」の VE が90.0%であることにはちょっと注意が必要です.
95%信頼区間の下限は 0 よりも上(67.4%)なので統計学的有意差は危険率5%で検出されているのですが,SD→SD投与群の VE 62.1% に比べてずいぶん乖離があります.
この点には,治験担当者自身が discussion で下記のようにコメントしています.
there is a possibility that chance might play a part in such divergent results (「こうした結果の不一致には,偶然が寄与している可能性がある」) |
「偶然」?
ややこしいのですが,統計学的有意差は検出されているので,「LD/SD群がプラセボに比べて予防効果がある」ことは確かでしょう.
でも,「SD/SD群が60%台なのにLD/SD群は90%台というのは何だか不思議だね納得しにくいね」ということを治験担当者たちは考えたようです.
つまり,「有意差はあっても90%という見かけの数字は大きすぎ=偶然に良い数字になっちゃったのかもね」と治験担当者が考えているということです.
偶然に良い数字なのだとしたら,神のみぞ知る真の VE は何%ぐらい?
それは神にしかわからないのですが,それを推測する材料が95%信頼区間と,「元々意図していた投与量」であるSD→SD群での結果です.
95%信頼区間の下限が67.4%ということは,真の VE が 67.4% かもしれないし 70% かもしれないし,80%かもしれません.「元々意図していた投与量」であるSD→SD群での VE が 62.1% だったんですから,LD→SD群の真の値も低めに見積もった方が無難かもしれません.
治験担当者が「偶然」と書いたのはそういう意味合いだと理解していいでしょう.
それでもLD→SD群の90%が真の値に近いかもしれないなら,SD→SD群より良い結果になった理由の推測は?
この先は私の“妄想”レベルですのでご参考までに.
ひとつ想像できるのは,LD→SD群の接種間隔です.当初4週間を計画していたのが,ワクチンロット検定不具合から大幅に接種間隔が延びてしまいました.半数以上の参加者が12週以上(3ヶ月以上)の接種間隔であり,SD→SD群より長くなりました.この接種間隔の長さが,より良いブースター効果を生んだのかもしれません.
体内で増殖した病原体抗原(ワクチン由来も含む)は複雑な免疫応答を惹き起こしますが,中心になるのはB細胞の活性化とそれに続く形質細胞およびメモリーB細胞への分化です.各所のリンパ節や脾臓にある胚中心(germinal center)で一連のB細胞の分化と親和性成熟が進んで十分量の特異抗体が産生されるようになるまでに,およそ4週間かかるとされています.
- (※詳しくは免疫学の教科書をご参照ください.あるいは成書 Plotkin's Vaccines 7th ed. の Section 1 > 2 Vaccine Immunology > Vaccine Antibody Responses のチャプターにも詳しく書かれています.こちらのYouTube動画も美しいアニメーションでまとまっています)
初回接種から4週間かけてB細胞が活性化→分化しますが,分化してできた形質細胞は寿命が短いため,分泌される抗体量はいったんゼロ近くまで減少してしまいます.その後に再び病原体抗原にさらされる機会があれば---ワクチンであれば2回目を接種すれば,メモリーB細胞が7日以内という短期間に一気に形質細胞に分化し,低下していた抗体分泌を再び活発にします.再刺激された抗体産生は初回接種よりも多くかつ長く保たれます.
これがワクチンのブースター効果です.
ただし,胚中心で開始されたB細胞の親和性成熟のプロセスは,胚中心が数週後に消失した後も,数ヶ月間は持続するとされています.ということは,初回接種から時間が経てば経つほど,B細胞は病原体抗原に対してより強い親和性を獲得=抗原によりフィットする抗体が産生できるようになります.よって,初回からブースター接種までの時間がより長くなれば,より効果の高い抗体をメモリーB細胞→形質細胞が大量生産してくれることになります.
LD→SD群がSD→SD群よりも本当に VE が高かったのであれば,「接種間隔が延びてしまったことがB細胞の親和性成熟をより促し,結果的に免疫がより強くなった」が理由かもしれません.
もうひとつ想像するなら,初回接種の抗原量が少なかったことにも理由があるかもしれません.
一般に初回接種の抗原量を少なめにすると,胚中心でのB細胞(の分化過程である中心細胞)の濾胞樹状細胞に対する競合がより強くはたらき,親和性B細胞がより強く選択されることもあると考えられています.それは結果的にブースター接種での抗体産生を高くします.
さらに,AstraZenecaワクチンがウイルスベクターワクチンであることにも想像が及びます.
チンパンジーアデノウイルスをベクターとして利用していますが,ベクターウイルス粒子そのものへの免疫が惹起されたとしても不思議ではありません.すると,初回ウイルス量が少ない方がベクターウイルスへの免疫が相対的に弱く獲得され,2回目接種でのベクターウイルスへの攻撃も相対的に弱くなり,その結果より多くのSARS-CoV-2遺伝子がヒト細胞に導入されて抗原産生が2回目接種で相対的に増えたのかもしれません.
以上,どれも私の“妄想”レベルですから,「見てきたようなウソを言い」程度に読み流してください.